「医師現場出動」

今明秀=八戸市立市民病院救命救急センター所長

 二十代の男性が、交通事故で大ケガをしました。軽自動車が大型トレーラー
と衝突し、押しつぶされたのです。信号機はへし折れ、横転したトレーラーは
道路を完全に封鎖しました。

 一一九番通報で出動した救急隊と消防隊は、事故のあまりのすさまじさに一
瞬ひるみました。こんな状況で生きているのか? 救急隊は患者の呼吸の音を
確認すると、救命の可能性を信じ、すぐに電話で八戸市立市民病院救命救急セ
ンターのコードブルーを鳴らしました。医師緊急現場出動する暗号がコードブ
ルーです。

 運がいいことに、事故現場と病院は車で十分の距離です。現場に救急医師が
二名出動し、消防と協力して、ショック状態で昏睡(こんすい)状態の若者を
救出しました。事故現場から治療を開始し、救急車で病院に運び入れました。
 頭、胸、大腿(だいたい)に重症なケガがありました。緊急輸血をしながら
すぐに手術室へ移動し、肺を串刺しにしていた肋骨(ろっこつ)を引き抜き、
止血手術を行いました。

 しかしケガの程度は、医学の限界を超えているように思われました。手術開
始段階で若者の持つ止血能力はとっくに途切れていました。血液は酸性に傾き、
体温は三五度に低下していました。予測救命率は24%とパソコンではじき出
されました。

 一回目の止血手術を終え、集中治療室で若者の、か細くなった命をつなぐ治
療が開始されました。呼吸を改善し、止血能力を復活させ、体を温め、持続す
る出血に輸血を追加し、四十八時間後に二回目の止血手術に挑むのです。若者
はすべての手術に耐えました。徐々に意識は戻り、九十日後には歩いて退院で
きました。劇的救命です。

 重症外傷に対する治療法はここ数年、目覚ましく発展しています。若い救急
医たちが、八戸で現在行われている最先端の外傷治療戦術を学びに全国から集
まってきます。劇的救命は、事故現場に医師が出動し、適切な時間内に適切な
病院へ運んだときにのみできる離れ業です。八戸市内なら医師の現場出動は容
易です。しかし市外でそうはいきません。

 ドクターヘリは、五戸町まで六分、十和田市まで八分、新郷村まで十三分、
野辺地町まで十五分です。重症外傷を救う時間制限は、ドクターヘリで十五分
圏内といわれます。遠隔地で起きた重傷事故にドクターヘリは威力を発揮する
はずです。

 しかし、ドクターヘリは日中のみの運用です。皆さんにお願いです。交通事
故は夜起こさないでくださいね。



「提供・今明秀医師」