「メタボリックシンドロームの予防・克服法」


はちのへファミリークリニック 小倉 和也


 一般に生活習慣病と呼ばれる病気には,高血圧・脂質異常症・糖尿病などが
あります。これらの状態が複合的に絡み合い,動脈硬化から脳梗塞・心筋梗塞
などのリスクを劇的に高めるのが,メタボリックシンドロームです。メタボリ
ックシンドロームは内臓型脂肪が病態の基礎になっており,その克服には薬剤
による治療よりも,食生活・運動習慣などの改善を中心とした生活習慣の改善
が重要です。

 生活習慣病はかつて,成人病とよばれていましたが,原因を生活習慣に求め
それを改善する意識をはっきりさせるため,名称が変更されました。成人にな
ればだれでも避けられずにわずらってしまう病気というイメージから,心がけ
次第ではかなりの部分,予防が可能な病気へとそのイメージも変わりつつあり
ます。

 しかしそれでも,日本人はとかく薬やサプリメントによって病気を治そうと
する傾向があります。しかし,メタボリックシンドロームがもともと食べ過ぎ
ることによっておきた病気である以上,それ以上何かを“食べる”ことによっ
て良くなるはずはありません。摂取するカロリーより多く消費することが重要
ですが,かなりの運動をしても消費できるカロリーは思ったより少ないもので
す。運動を試みることは重要ですが,それと共に,食事によるカロリー摂取を
押さえることも不可欠なのです。

 とはいえ生活習慣の改善は非常に難しく,食生活の改善・運動習慣の確立な
どはすぐにはできません。その必要性を理解し,実現可能な目標を立て,成果
を目に見える形で確認しながら取り組むことが重要です。その際,一人では難
しい部分を専門的にアドバイスするのが医師の役割です。それぞれの取り組み
のパートナーとしてのかかりつけ医を持ち,一緒に取り組むことが大切です。

 食生活・運動習慣の改善や,禁煙などの行動を変えるための試みは,“行動
変容”という医学の一分野です。米国などでは医学部のカリキュラムの中に,
行動変容のための理論や実践方法を紹介する授業がありますが,日本ではまだ
一般的ではありません。しかし,家庭医療の分野では,外来診療の重要な能力
として,行動変容を実現するための指導法を勉強します。この中で扱われる医
療面接などの技術は,一般的な診療の中でも活用できるものです。医師・患者
間の信頼関係を築くことから始まり,より緊密なコミュニケーションのなかで,
変えにくい長年の習慣を変えていくことが可能になります。

 行動変容においては,個人の資質・性格・仕事の内容や家族関係など周囲の
状況も考慮した上でアドバイスをする必要があります。同じ検査結果,同じア
ドバイスを伝えるにしても,相手によってまったく違った言い回しを選択する
ことがあります。短い診療時間の中でお互いの性格を把握しあうことは困難を
極めますが,それも回数を重ね,ご本人・ご家族のいろいろな問題に一緒に対
処することで,徐々に可能になります。

 日本の医療は医療費の高騰,高齢者の増加により,次第に入院から在宅へ,
お金のかかる治療から生活習慣の改善や予防へと重点を移してきています。高
度医療の充実を図る一方で,個人個人の努力で改善できることは改善できるよ
う,医師としても効果的な手助けをすることが求められます。

 今後,生活習慣病の診療は,病院でお薬をもらう,という意識から,病院で
アドバイスをもらい,ともに生活習慣を改善していく,という新しい形に徐々
に変化していくものと思われます。