「心が傷を負った時−震災後の心のケア−」


八戸マナクリニック 岡田 元


 当初,「PTSD(外傷性ストレス障害)ってどんなもの?」という演題を
依頼されていました。震災とPTSDについての報道もあったためだと思いま
す。
 震災後に起こってくる精神的な異常については,神戸の震災を含めいくつか
の先例があります。この際,PTSDを発症した患者さんはいたのですが,報道さ
れるほど多くはなかったのです。特に開業医を受診するPTSDの患者さんは少な
かったことが分かっています。一つには症状は話せても,つらい出来事につい
て話をすることは相当な勇気がいることです。私の印象でも,PTSDで受診する
方は少なかったのです。いても震災と関係ないことで受診されます。おそらく
PTSDにかかっている方がいたとしても,あまりにも傷が生々しすぎて相当な時
間がたってから話し始めるのだろうと思います。
 そこで一般的に震災後起こる症状と,PTSDについて説明します。

1)ストレスを感じた時に起こってくる症状について
 人はストレスを感じると不安になったり気分が落ち込んだりします。更に一
番分かり易いのは,体調がすぐれなくなります。昔から,悩み事が有ると「胃
が痛い」「頭痛の種」等と言います。食欲とも関係があり「やけ食い」「やけ
酒」という言葉も有りますね。これ自体は実は正常なのです。しかしこれが長
く続くようですと問題です。ストレスへの対処方法としては,家族で楽しんだ
り,温泉に行く事もあるでしょう。皆さんなりの対処方法をお持ちであれば健
康的に解消できますね。
 何らかの原因で気晴らしできず,気分の落込みや体の不調がずっと続くよう
なら,専門医の受診をしてもいいでしょう。
 このような方を見かけた時,周囲の方が手助けする方法もあります。詳細は
「メンタルヘルスファーストエイド」をご覧いただくと分かります。頭文字を
取って「りはあさる」と言いますが,「(自殺しそうかどうか)リスク評価」
「判断,断定しないで『聴』く」「安心・情報を与える」「サポートを得るよ
うにすすめる」「セ『る』フヘルプ」の5つを目安にして,よく話を聴くこと
が大切です。このとき,自分の意見を押し付けたりしてはいけません。

2)災害時に起こる精神症状について
 時系列でお話しします。最初は呆然として何も感じません。次に何とかしな
くちゃという気になります。ちょっとハイな気分ですね。そして失った物の大
きさに気付いて失望・幻滅していく時期が来ます。この後復興をしていくわけ
ですが,ここまでの間に様々な面で大きな格差が出来ています。それが今後の
問題です。

3)PTSDについて
 PTSDの元々の意味は「心が傷を負った後,起こるストレスによる生活への差
し障り」です。誰がみても非常に過酷な体験をされた方に,意図しないのに思
い出す「再体験」,恐怖を思い出す様なことを避け続ける「回避」,いらいら
や不眠等の「過覚醒」等が起こる病気です。比較的診断の基準ははっきりして
おり,厳密です。自然災害の場合,過酷な体験をした方のうち4-5%という統
計が有り,報道されているほど多くありません。
 またPTSDの方すべてがPTSD専門の特殊な治療を受ける必要もありません。お
困りの症状に対して,精神科や心療内科の医師が対処していけば充分解決する
ことも多いものです。
 更に言うと,治療をしなくても,72か月(6年間)で70%の人が改善してい
るのです。ただし治療を受けると苦痛が少なくてすみますので受診をお勧めし
ます。

 まとめますと,心の傷はほとんどの人が受けるもので,たいていの人はそこ
から自然の経過で回復し,さらに強くなっていきます。
 PTSDになったとしても,周りの人の手助け「りはあさる」を得ながら徐々に
回復していくことが出来ますし,医療機関もPTSD専門の医療機関にこだわらず,
一般の精神科・心療内科を受診していただければ治療を受けられます。
 今後の課題として,被災された方が自分の一番辛いことを話し始め,震災か
ら時間が経ってからPTSDが起こってくる可能性を予測しつつ,震災の体験を風
化させないよう地道に私も医療に携わって行きたいと思っております。