「今年のインフルエンザ対策」


とみもと小児科クリニック 冨本 和彦


 インフルエンザは,突然に大流行し,時には多くの死者を出しながらも突然
に流行が終息する特徴から,昔は星の影響と信じられてきました(影響 influ
enzがその語源となっています)。日本でも,『源氏物語』にも記録が残され,
『増鏡』にも「ことしはいかなるにかしはぶきやみはやりて人多くうせ給うに」
との一文がみられます。

 さて,このインフルエンザですが,日本ではかぜと混同され,1週間ほどで
治る軽症な病気と誤解されてきました。1918年のスペインかぜでは,全世
界での死亡者は第2次世界大戦の死亡者を大きく上回る4,000万人にも達
し,日本でも38万8,727人が死亡したと報告されています。しかし,こ
れは当時の日本の人口5,600万人からすれば,死亡率0.7%にすぎず,
その頃流行していた痘瘡やコレラの方がはるかに恐ろしい病気と受け止められ
ていました。このことがインフルエンザを軽視する風潮につながったとも考え
られます。最近は,H10〜H11年のA香港(H3N2)の変異株の流行時
には高齢者の死亡が急増(超過死亡)し,小児の脳炎,脳症患者が多発したこ
とが大々的に報道され,国内でもインフルエンザはかぜとは違う重度の病気だ
との認識がようやく根づきつつあります。

 今年のインフルエンザ対策はどうなっているでしょうか?流行時期には,マ
スク,うがいや手洗いといった予防策が叫ばれますが,インフルエンザウイル
スの大きさ(0.0001o)からマスクのメッシュは容易に通過すると思わ
れ,うがいもウイルスの細胞への侵入時間(細胞表面に取りついてから20分)
を考えると,いずれも限定的な効果しかないものと思われます。最近では抗イ
ンフルエンザ薬が発売され,アマンタジンやザナミビル,オセルタミビルの有
効性が確立してきました。アマンタジンはもともとはパーキンソン病の治療薬
でしたが,インフルエンザA型に存在するM2蛋白を阻害することでウイルス
のRNAの脱殻を阻止し,抗ウイルス作用をもつことがわかってきました。こ
の機序からインフルエンザAウイルス感染には効果がありますが,M2蛋白の
ないインフルエンザBに対しては無効です。また,もともと変異の激しいM2
蛋白部分が作用点なので,耐性が出現しやすいといった難点や,精神活動が活
発になりすぎる副作用(不眠,興奮,めまい,頭痛)があります。一方,ノイ
ラミニダーゼはA型,B型両方のインフルエンザウイルスの表面に存在し,新
生インフルエンザウイルスが感染細胞から遊離する際に必要なものですが,ノ
イラミニダーゼ阻害薬(ザナミビル,オセルタミビル)を投与すると,インフ
ルエンザウイルスは気道の細胞に感染して増殖してもそこから出て,周囲に広
がることができなくなります。ノイラミニダーゼ阻害薬の利点は,アマンタジ
ンと比べて1A型,B型双方のウイルスに有効で,2耐性ウイルスの出現頻度
が大幅に低く,3副作用もほとんどないといった点が挙げられます。

 しかし,これらの薬剤は発症2日以内の早期に投与しないと効果が期待でき
ず,発症後平均1.4日でけいれん・意識障害に陥る,小児の脳症の予防にな
るとは考えにくいところです。現時点で,100%満足しうる成績ではないも
のの,本当の意味で予防しうるのはワクチンしかありません。従来ワクチン株
と流行株のずれが指摘されてきましたが,近年は予測技術も高まって,実際の
流行とほぼ一致し,ワクチンのインフルエンザに対する発症予防効果は70〜
90%と高い効果が認められています。特に5歳以下の小児や50歳以上の年
齢の方では,インフルエンザが重症化することが知られています。流行前にワ
クチンで予防したいものです。