「聞いて安心!妊娠中の心配と疑問」


戸澤 秀夫


1.切迫流産と切迫早産
 流産は妊娠22週未満で子宮内容が排出されたり分娩になってしまうことで,
児が生存する可能性は無い。妊娠全体の約15%を占めるとされる。妊娠初期
の流産では妊卵の異常に起因するものが多く,不可避の流産と考えられる。ま
た妊娠22週以降37週未満で分娩した場合を早産といい妊娠全体の約5%と
されるが,22−23週で生まれた新生児が生き延びる可能性は現在の新生児
医療をもってしても極めて低い。在胎週数が延びるに従って生存率が高くなる。

 臨床的に流産や早産の危険がある状態を切迫流産及び切迫早産という。症状
は子宮の収縮とこれに伴う腹部緊満感や腹痛・腰痛,子宮からの出血などであ
る。子宮の収縮を自覚するのは時に困難で,しばしば見過ごされる。早期の診
断と治療のために妊婦本人が病態を理解し注意することが望まれる。

 子宮頸管の開大・短縮を示す子宮頸管無力症は,流・早産の重大な危険因子
であるにも関わらず自覚症状を欠く。子宮頸管が開大した状態では頸管や卵膜
に感染が起こり,炎症によって子宮収縮が促進されて開大が進むという悪循環
となり,さらに破水が起きれば流早産は避けがたい。これを発見するためには
適当な時期に内診,膣鏡診,経膣超音波断層検査を行うことが有効である。当
院では妊娠18−22週の時期に行っている。

 切迫流・早産の治療の原則は安静と薬物療法である。薬物は子宮の収縮を抑
制するβ2刺激剤の内服・点滴静注が主体となり,これでコントロールできな
い場合は硫酸マグネシウムの点滴静注を併用する。出血のある例では止血剤も
投与される。また子宮頸管炎や絨毛羊膜炎が存在する場合には抗生物質も使用
する。重症例では絶対安静のうえに使用する薬剤量も多く,頻脈や脱力その他
の副作用も強くなって患者の苦痛も相当なものであるが,予後の悪い未熟児出
産を減らすためには患者の理解と協力を得てできる限りの治療を施すべきと考
える。

2.妊娠中,やって良いこと,悪いこと
 妊婦の悩みの一つに,非妊時に行っているいろいろな活動を妊娠中に行うこ
との是非がある。

 例えば運動に関してはマタニティスイミングやマタニティビクスなどが一部
で行われているし,妊娠中に試合に出場するスポーツ選手さえいるが,許容で
きるレベルは個々人で異なるのでまとめて論じるわけにはいかない。切迫流・
早産の症状のある妊婦や合併症のある場合には運動は禁忌とされることが多い。
運動を始める前にまず産科医に相談すべきであり,一般には妊娠の初期と10
か月に入ってからの運動は避けるべきである。

 車の運転は妊娠初期は避けた方が良く,またお腹が大きくなってくる8−9
か月以降は危険と思われる。

 旅行も妊娠初期には避けた方が良い。それ以降は切迫流・早産の症状が無け
れば可能だが,妊娠9か月半ば(34週)以降は,いつ分娩が開始するかわか
らないので(里帰りも)すべきでない。

 喫煙は百害あって一利無く,低出生体重児の原因となることは良く知られて
いる。アルコールは少量ならそれほど気にすることはない。しかし胎児の血中
アルコール濃度は母体と同じであることをお忘れなく。コーヒーも飲み過ぎな
ければ良い。香辛料や味噌・しょうゆの摂り過ぎは高血圧や浮腫など,妊娠中
毒症の誘因となるので控えるべきである。

 妊娠中に服用した薬は催奇性との関連でしばしば問題となる。受精して2週
間以内は,もし影響があれば流産してしまうので,臨床上は問題にならない。
その後から妊娠15週くらいまでは器官形成期にあたり,特に初期ほど大きな
異常を来す可能性がある。しかし,一部の薬剤を除き摂取した薬剤が原因で奇
形を起こすケースは稀と思われ,服用を理由に安易に妊娠中絶を選択するべき
ではない。

 妊娠中の性交では乳頭への刺激は子宮収縮を起こすので避ける。精液中にも
子宮収縮を起こす物質が存在するので,コンドームの装着が望ましい。

3.妊婦健診のこと
 妊婦健診でチェックしている項目は子宮底長と腹囲,体重,血圧,尿蛋白,
尿糖などで,他に超音波断層検査が行われることが多い。感染症のスクリーニ
ングも行われるが,これは垂直感染の予防の意味でも重要である。超音波では
胎児の推定体重を算出して胎児発育をモニターする他,奇形を診断できる場合
もある。他に胎盤の位置,羊水の量,子宮頸管長など,重要な情報が得られる
ので,近年では無くてはならない検査法となっている。妊娠の後期には胎児心
拍数と子宮収縮を同時にモニターすることにより胎児仮死や切迫早産の診断を
することもある。分からないことがあれば積極的に医師に質問するとよい。

 また妊婦はしばしば体重について医師や看護婦に指導を受ける。肥満妊婦で
は妊娠中毒症や糖尿病になりやすく,分娩遷延,胎児仮死,肩甲難産,弛緩出
血の頻度も高いとされる。一般に妊娠による標準的な体重増加は9s程度とさ
れている。ただしあまり厳しい体重のコントロールをすると出生体重が小さめ
になるともいわれている。

4.夫(父)の役割
 妊娠中や出産あるいは育児における夫(父)の役割がクローズアップされて
きている。夫

 (父)は自らは妊娠や出産を経験するわけではないので,生まれてくる子供
との間に妻(母)のような強い関係を築くことに関してハンディキャップがあ
ると考えられる。これを埋めるためには,妊娠,出産に積極的に関わってみる
のも良い方法である。母親学級を一緒に受けたり(両親学級),出産に立ち会
ってみてはどうだろうか。八戸市民病院では分娩の半分近くに夫の立ち会いが
あり,LDR(Labor Delivery Recovery)という分娩前から分娩中,分娩後まで
を家族とともに過ごせる特殊分娩室がこれに一役かっている。