「耳の聴こえが悪くなるとき」


橋本耳鼻科クリニック 橋本 敏光


 聴覚は人と人がコミュニケーションをとる上で極めて重要な感覚である。耳
の聴こえが悪くなって人と会話することがおっくうになりだすと,これが脳の
刺激の低下につながり,さらに老化が進行しやすくなったり,痴呆の誘因にな
るといわれている。高齢者が難聴になると「もう歳だし,聞こえなくなっても
仕方ないだろう」と,本人や家族が改善への努力をしない傾向があるが,さら
なる老化の進行を防止するためにも安易にあきらめないようにしたいものであ
る。

 高齢者の難聴といえどもすべてが改善不能というわけではない。意外と多い
のが耳垢栓塞による難聴である。いわゆる「みみあか」が外耳道に詰まってし
まったわけであるが,高齢者でめったに耳掃除をしないような方では外耳道に
完全に充満するような大きな耳垢がある場合も珍しくなく,これを除去するだ
けで相当聴力が改善することがある。

 滲出性中耳炎に伴う難聴は小児で多いが高齢者でも時折認められる。上気道
炎の後や耳痛を伴う急性中耳炎の後に耳閉感,難聴感が認められるときは滲出
性中耳炎のことが多い。内服薬や耳管処置で改善する場合が多いが,難治性の
場合は鼓膜切開や鼓膜チューブ留置術などを行うことがある。

 以上は改善可能な患者の例であるが,高齢者の難聴で最も多いのは加齢に伴
う難聴,いわゆる「老人性難聴」であり,これは残念ながら他の多くの加齢に
伴う障害と同様,治療により改善させることは困難である。老人性難聴では周
囲の協力と適切な補聴器の使用が重要である。

 老人性難聴の特徴として,音が小さく聴こえるだけではなく元の音とは違っ
た音にひずんで聴こえるということがある。また老人性難聴を認めるような方
はすでにある程度,脳機能が低下している場合が多く,時間的分解能が低下し
ていたり複数のことを同時に処理する能力が低下していることが多い。周囲の
者はこのような特徴を理解し,やみくもに大きな声で話しかけるのではなく,
1 )ゆっくりはっきりとした口調で話しかける, 2 )難聴者の注意を会話に
集中させるように呼びかけてから会話を始める,3 )口元をみせるようにして
話す,といったことを心がけるとよい。

 補聴器は老人性難聴の方の有効なツールであるが,必ずしも万全な器具では
ない。装用にあたっては入念な調整(フィッテング)が必要であるし,十分に
調整された補聴器を使用したからといって若い頃と同じようにすべての音が自
然に聴こえるようになるわけではない。補聴器はあくまで会話を支援する器具
と割り切る必要がある。十分に調整した上で補聴器を購入したはずなのに,結
局周囲の音がうるさくなり過ぎるので使用していないというケースも多く見受
けられる。補聴器が雑音まで増幅するためおこる不満である。最近は補聴器に
内臓された IC が周囲の雑音と会話音を識別して会話音のみを増幅する,いわ
ゆるデジタル補聴器というものがあり,旧来のタイプより格段に性能が向上し
ている。このタイプは以前の補聴器で満足できなかった方でも有効に使えるこ
とが多い(ただし高価格なのがネックではある)。

 補聴器はこのように必ずしも気軽に使用できる器具ではないが,たくさんの
方が補聴器の装用で以前より楽に会話を楽しめるようになるのは事実である。
会話に困難を感じたらまず耳鼻科を受診し,老人性難聴と診断された場合は補
聴器装用をお試ししてみることをおすすめする。