「救われる命」

今明秀=八戸市立市民病院救命救急センター所長

 「これからはヘリだよ。ヨーロッパでは普通にドクターヘリが飛んでいるん
だ。青森県より気候が厳しいスイスアルプスでも飛んでいるんだ。青森より田
舎のドイツの農村でも飛んでいるんだ」

 日本航空医療学会理事の滝口雅博氏の口癖だった。救急医療は、都市部で発
展してきた。東京、大阪の救急医療のレベルはダントツだ。では、地方は?私
は、発展途上の青森県の救急医療を引っ張り上げるために戻ってきた。

 八戸市近隣の救急医療のレベルは東京並みに上がったと思う。しかし、遠隔
地はまだまだだった。青森県の面積は広過ぎた。治療開始まで時間がかかり過
ぎる。解決策は救命救急センターを増やすことだが、それはすぐにはできない。
働く救急医師が少な過ぎるからだ。それではドクターヘリで医師が患者の近く
に出動し、そこで治療を開始すればいい。重症患者を適切な病院へ短時間で搬
送すればいい。

 青森県防災ヘリを使って患者を搬送したことが数回ある。ヘリコプターを要
請してから八戸に到着するまで1時間以上かかる。防災ヘリは救急専用ではな
いのだから仕方ないことだ。救急専用のドクターヘリでないと、遠隔地の重症
患者は救えない。

 2007年、国松元警察庁長官を講師としてお迎えしてのドクターヘリシン
ポジウムが八戸プラザアーバンホールで開催された。約400人の聴衆が集ま
った。青森県へドクターヘリの必要性を何とか認識してもらうための重要な集
会だった。ドクターヘリの効果や実績が分かりやすく説明された。しかしドク
ターヘリの予算や資金繰りの話題になったとき、会場が重苦しい雰囲気になっ
た。

 ある救急救命士は手を挙げて起立し、こう発言した。「どこの消防本部にで
もあるハシゴ車は1台1億円します。めったに出動するときはありませんが、
1人助ければ元が取れると言われています。高規格救急車は1台4千万円しま
す。値段が高過ぎると言われていたものですが、今では更新される救急車はす
べて高規格です。ドクターヘリが運用されれば何百人の命が救われることでしょ
う。高いとは思われません」

 司会をしていた私からは、会場の多くの人がうなずいているのが見えた。そ
の救急救命士の発言の影響力は大きく、やがて青森県はドクターヘリ導入に前
向きになり、そして8回の専門家の会議を経て、ついに八戸にドクターヘリが
来た。

 09年3月、その救急救命士が六ケ所村で事故死した。救出まで50分かか
った。ドクターヘリ出動で現場から治療を開始したなら、短時間で救命救急セ
ンターへ搬入したならと思うと悔いが残る。ドクターヘリ開始まで、あと2週
間に迫ったときの出来事である。

 ドクターヘリは六ケ所村まで15分で到達できる。六ケ所村はもはや八戸か
ら遠い土地ではない。



「提供・今明秀医師」