「Mission Impossible2」

今明秀=八戸市立市民病院臨床研修センター・救命救急センター所長

 私と看護師の乗った海上自衛隊救難ヘリは、午後8時半に八戸飛行場を離陸
した。ドクターヘリは日中のみ出動する。それもせいぜい片道100〜150
キロが限界である。自衛隊ヘリは夜間も、さらに今回のような片道400キロ
の飛行も可能である。

 同10時にわれわれは現場海域に到着したが船舶は見つからなかった。漆黒
の太平洋の上、通報された位置も不正確であったことから、残り燃料を気にし
ながら約45分間、空から探し続けた。

 船舶発見! ヘリは船舶上空に静止し、レスキュー隊員1名がヘリからロー
プ降下し、患者と接触した。ヘリ内の隊長から「訓練じゃないんだ、早くしろ。
帰りの燃料はカツカツだ」、無線でレスキュー隊員に指令が飛んだ。

 同11時2分、患者は全脊柱(せきちゅう)固定され、ホイスト(救助用ウ
インチ)でヘリに収容された。レスキュー隊員を引き上げるのと同時に、ヘリ
はドアを開けたまま急旋回し、現場を離脱した。あっという間に船の明かりは
小さくなった。

 私はその間、ヘリ内でいつもよりきつくシートベルトを締めていただけだっ
たが、ヘリの開いたドアから見えた真っ暗な空と海と潮のにおい、揺れる漁船
の最高出力と思われた集魚灯、全員ヘルメット姿だが、その動きにまったく統
制が取れていない数十人の乗り組員は、私が日本から約400キロの太平洋上
にいることを十分に意識させた。

 患者は、胸の上がりが悪く腹式呼吸、ショック状態、意識障害、第5頚髄(け
いずい)以下の運動麻痺(まひ)と両上肢の感覚異常を認めた。100%酸素
投与で酸素飽和度はぎりぎり正常に保った。全脊柱固定と急速輸液、酸素投与
で飛行を続けた。

 限られた酸素を節約しながら投与したが、酸素流量が大きいため、残量はぐ
んぐん減っていった。途中で酸素切れが予想されたので、そのときの対処法を
ヘリ内のスタッフ全員で確認しておいた。

 午前1時5分、隊員の緊急携帯用酸素ボンベを使用し補助換気を行いながら、
ライトで照らされた八戸市立市民病院のヘリポートへ着陸した。若い救急医が
酸素ボンベを小脇に抱えて近づいてくるのが見えた。速やかに救命救急センター
に入室し、頸髄損傷の集中治療が開始された。

 若い医師の間で「救急」に最近人気が出てきたのは、役立つ医療と、感動す
る医療が同居するからだろう。映画のような感動的な場面は少ないけれども、
出くわせば確実にシーンの中にいられる。

 高校生諸君、[Mission Impossible トム・クルーズ]
にならないかい!



「提供・今明秀医師」