「医薬分業起源と意義」

鈴木一史=いづみや薬局薬剤師、八戸市在住

 中世のヨーロッパのある国の王様、フリードリッヒ2世は、ある日ふと心配
になりました。「この国は敵対する隣国とは陸続き、もし今私の体調を診てく
れている医師が、隣国の回しものだったら・・・自分の病気を治してくれない
で逆に悪化させる薬を、いやそれどころか毒をもられるかもしれない」。

 そこで王様は「診察した医師と、その診立てによる薬の処方は別の者が調剤
しなければならない」という法律を作りました。そうすれば、第三者の目で処
方内容を確認できるだろう、と考えたのでした。それがいわゆる「医薬分業」
の始まりでした。特にヨーロッパで「医薬分業」が早くから進んだ理由です。
日本では明治に西洋医学が取り入れられ、医薬分業の考えも同時に入って来た
のですが、それまでの日本はお医者様から薬をいただくのが習慣でした。赤ひ
げ先生が薬草をゴリゴリと砕き調合して、「これを飲みなさい」と手渡す、あ
のスタイルです。そのために明治の初めにはわが国では一般の薬を扱うのは売
薬屋さんや薬草屋さんで、薬剤師という職業がありませんでした。急きょ制度
を作って薬剤師を養成しましたが、すぐに数は増えません。

 その結果、最近までお医者様から直接薬をもらう形が続いてきたのです。お
医者様から処方せんをもらい、わざわざ薬局に行って薬を調剤してもらうとい
うのはいかにも二度手間で面倒くさい、と思われるかもしれません。しかし、
この数十年の間にものすごい数の薬が開発されてきました。また、同じ成分の
薬、似た働きの薬もたくさんあります。おそらく内科、整形外科、耳鼻科、眼
科などいくつかのお医者様に通っている方も少なくないことでしょう。いちい
ちそれらの薬をそれぞれのお医者様に見ていただくのも方法ですが、それはあ
まりにも大変です。 それで「処方せん」や「お薬手帳」を活用することによ
って、薬同士の相互作用や重複、副作用などを回避することができることにな
るのです。