「医師の白衣」

 最初に白衣に対する尊厳を感じたのは、解剖実習中の教授が白衣の襟を立て
てフロックコートを着ているような姿でした。この光景は、献体に対する尊崇
の念を持っておられる証として深く心に刻まれました。

 歴史的な意味での白衣は博愛、純潔、清潔を象徴するもので、ヒポクラテス
誓詞で結ばれる職能集団の一つとして、医師が着用するようになりました。

 昭和40年代まで白衣は長く、ひざ下までのものでしたが、「ベン・ケーシ
ー」というドラマの、半袖、詰襟で一つボタンを外して見せる、というシーン
からこの型が流行りだしました。もちろん、機能的に涼しい、袖が汚れないと
いう利点もありますから、その後は勤務医の制服として定着しました。

 私自身も夏はその姿ですが、冬は昔風の長袖です。外科医なので毎度手洗い
があり、袖はたくし上げています。白衣は感染を防御するためですので、血の
りなどが付くとすぐ分かります。この辺の感覚は、ネクタイ着用の内科医とは
少し違うと思います。

 白衣は威圧的、権威の象徴という考えが出てきて、白衣高血圧症が提唱され
ていますが、本当は病院が怖いという観念であり、それを着る人の心構え次第
で相手は安心感を持てると思います。患者さんの統計でも、「白」に対して信
頼感が生まれる、という声が多かったので見直されてきています。

 小児科では、色柄ものを着る傾向があります。絵や玩具の好きな子どもにな
じむということも、一理あるのでしょう。治療で切開や創縫合をする際も、子
どもの患者さんは慣れれば、怖がることはほとんどありません。ただ、汚れる
ことのない保育園の健康診断などは普段着で行います。

 かつて長崎では、原爆で大学の職員、学生が大勢亡くなっていますが、病院
で治療中の医師の白衣が、ガラスが飛び散った際の血染めでおおい尽くされた
写真を先輩から見せていただき、その恐ろしさを実感したことがありました。

 私にとって「白」は神聖な場での色で、緊張感を感じるものです。白衣を着
るということが、その日の診療に対しての心の準備となるのです。